2019年07月18日

素晴らしき邦題の世界・3

今日、期日前投票に行って帰ってきたら京アニこと京都アニメーションで火災が起こったとのニュースが飛び込んできた。死者も今のところ10名にのぼるとのことで、たいへん胸が痛い事態になっている。何度も言うがアニメと音楽はもっともわかりやすい世界の共通語である。世界中のアニメーションファンがこの事件に衝撃をうけていることだろう。続報を待ちたい。

それにしても今回の選挙の選びようの無さといったらジャンクの中から少しでも使えるパーツを見つけ出すような感じだった。白紙投票だけはさすがに避けたが、投票所までの足取りは極めて重かった。自民党もここにきてアイヌ新法とか水道民営化とか怪しい法案ぶちこみすぎだろう。オレはそもそも消費税10%とかとんでもないと思っているので、もうどうすればいいのか正直わからないまま一票を投じることになってしまった。なんとも希望がない話しだね。

さあ本題に入ろうか。洋楽における邦題は結果的にざっくり3種類に分かれるといっていいだろう。原題よりも邦題が定着したもの、どちらもそれなりに使われるもの、邦題はあるけどほぼ使われないもの、以上だ。
アニマルズの「朝日のあたる家」やプロコルハルムの「青い影」などは完全に邦題が定着した例である。ツェッペリンも「移民の歌」やら「聖なる館」やら邦題の定着率は高めだな。まあ挙げだしたらキリがない。
 原題も邦題もというと例えばイーグルスもしくはリンダ・ロンシュタットの「デスペラード」(ならず者)やジャニス・ジョップリンの「ムーブ・オーヴァー」(ジャニスの祈り)、あとキャロル・キングの「タペストリー」(つづれ織り)などが思いつく。あくまでもオレの私見ではあるけど。
 最後に寂しいことだがほぼ邦題が使われないパターンのやつ。真っ先に思いつくのがエアロスミスの「ウォーク・ジス・ウェイ」、これには「お説教」という邦題がついていた。この道を行け、もしくはこのやり方でいけ、、お説教、、なるほどねえといった感じなのだが、見事に定着せず。残念!
あとエルトン・ジョンの「カリブ」というアルバムの1曲目「ザ・ビッチ・イズ・バック」の邦題が「あばずれさんのお帰り」というのはひでえなと個人的には思ってるが、そういうのも含めていろいろと楽しい文化だったなと思うのだ。やはり邦題は素晴らしいね。
ではみなさんまた。
posted by オーナーセイジ at 17:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記