2020年03月31日

訂正、お詫び、いろいろ

12月19日のブログでミュージシャンポストマローンをポストマロニーって書いてました。マロニーちゃんかよ、鍋にいれるぞってか?恥ずかしいミスでした。申し訳ない。
あと前回のブログでコロナ騒動もう少しがんばれば出口が〜とか書いてましたがひじょうに甘い見通しでしたね。まだまだ世界は混沌の真っ只中のようです。世界中からいろんな情報が発信されてますが、みんなが口をそろえて言うのはこの2週間たらずで世界がすっかり変わってしまったこと。そしてコロナ以前の世界にはきっと戻れないだろうということです。どうやらオレが思った以上にヘヴィーな状況になってますね。長崎のほうは意外とのほほんとしていてこちらから積極的に情報をとりにいかないと厳しさが実感できない感じです。しかしこれもいつまでもつのかはわかりません。
きのう志村けんさんがコロナにかかってお亡くなりになりました。なんか唖然としちゃいますよね。あと我々音楽ファンにはアランメリルが同じくコロナで亡くなったのがショックかも知れません。ポップバンドTHE ARROWSのメンバーでジョーンジェットのカヴァーで有名な「アイラヴロックンロール」の作者ですね。ジャズシンガー「ニューヨークのため息」ヘレンメリルの息子さんだとも聞いたことがあります。ともかくご冥福をお祈りいたします。
 
会見で東京都知事がバーやクラブには行かないようにとかわざわざ言うもんだから、オレたち東京じゃないもんねーというわけにはいかなくなってきた。これはほんとうにどうしたものか。パニック大丈夫か?と心配してる方もいらっしゃるかもしれないので近いうち近況報告アップしますね。ではまた。
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2020年03月24日

春の雑談祭りパート1

去年発症した花粉症がオレをいささかブルーにさせる。だがコロナのせいで中国の工場が稼働していないため例年のようにプラスPM2.5にやられるということがないのはコロナがもたらした数少ないメリットのひとつなのかもしれない。あと少し踏ん張れば今回のコロナ騒動の出口が見えてきそうな気がする。そのときオレたちが話題にしなければならないのはコロナによってもたらされた思いがけない恩恵になるだろう。
 例えばコロナのおかげで習近平主席の国賓来日がひとまず延期になった。闇雲に突き進む世界のグローバル化が止まった。東京オリンピックが中止になりそうだ、などなど。
 あといろんなことの見直しが始まるんだろうなと思う。中国に依存した商売はやばいよね、とか。会議って別にしなくてよくない?とか。通勤時間もどんどんずらしちゃおうぜ、とか。そっちのほうがよほど健全な働き方改革ってもんだよね。

あ、くしゃみ出そう。しかしなんだってくしゃみってやつは2回で1セットみたいになっているのかねえ。3回のときもたまにあるし。まあどうでもいいか。

さっき恩恵のひとつとして東京オリンピック中止と書いたけどもちろん経済的ダメージは計り知れない。だが競技場やロゴマークなど最初から問題が多すぎた。東京という肥大化した欲望処理施設の来たるべき末路としか言いようがない。結果的に当初の予定通りやるよりも仕切り直したほうがメリットが多いとオレは思うよ。
ちなみにオレはオカルト好きでオカルト界隈のネタを追っかけてたりするのだけどオカルト界隈の皆様は2〜3年前から東京オリンピックはないときっぱり断言していた。あなどれないぜオカルト界。

雑談祭りっていってもこんなご時世だから妙に堅苦しい感じになってしまったね。気になる続きは店頭にて、な〜んて、、、
 
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2020年02月16日

人間万事塞翁が馬だと思わないか?

今年に入ってオレには気が滅入るようなことばかり続いて、神経衰弱気味だ。まずもって景気が悪い。景気が悪いせいで長崎からどんどん人がいなくなってしまう。うちの常連もこの春に転勤が決まっているのが何人もいる。いいニュースなんてまったくない。やってられるか。誰がこんな世の中にした?いやそもそも人のせいなのか、オレ自身のせいなのか。魂のダークサイドの踊り場みたいなところにどんよりとした行き場のない気持ちが吹きだまっている。まったく救いがない。光明が見えない。みんなくたばってしまえ。

以上オレの心の暗部を少し吐き出させてもらった。だがオレはこうも思う。人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま)ではないのかと。たいていの人は昔漢文かなんかで習ったんじゃないかと思うが意味はすっかり忘れているかもしれない。なのでオレの記憶を頼りに解説する。間違っていたらごめん。
昔塞翁さんの馬が逃げ出した。まわりの人はお気の毒にと言う。だけど塞翁さんはいやこれはいいことの前触れだと言う。そしたらその馬がとても立派な馬を連れて戻ってくる。まわりの人はおめでとうという。しかし塞翁さんはこれは悪いことの前触れだと言う。その立派な馬に乗った息子が落馬して足を大けがしてしまう。まわりの人はまたしてもお気の毒にという。しかしその時に大きな戦争が起こりたくさんの人が戦場で亡くなったが塞翁さんの息子はけがのせいで命を長らえたというそんな話し。
つまりいいことと悪いことは表裏一体であり、いまやダークにふさぎ込んでるオレは転じて素晴らしい日々をおくることになるのかもしれない。それはわからないがわずかばかりの希望にすがりつきたいときもそりゃあある。
レッドツェッペリンのグッドタイムズ、バッドタイムスでもかけながら今日も一日がんばろうと思う。じゃあね
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2020年01月29日

コロナ・フロム・チャイナ


動画は連想ゲームみたいなものだけど、コロナ→太陽→太陽神→この曲、という流れ。飲み屋をやってるオレだからコロナ→ビールという流れもありなんだがそれではいささかロマンに欠けるというものだ。そもそもコロナという名前を最初に聞いたのはいつだろう。確か小学生の理科の授業じゃなかったか。そうだ、すごく子供のころに太陽の外側の大気層というかガス層のことをコロナだと教わった。太陽の表面は数千度なのにその外側のコロナは百万度にもなるらしくてそれはいまだによくわからない宇宙のミステリー。おもしろいね。
いやいや、世の中はおもしろいだロマンだ言ってる場合じゃない事態になってきている。コロナウイルスフロム中国。どうなっちゃうんだこれ?長崎は折り悪くランタンフェスティバル始まったばっかりで中国人わんさか入ってきている。なんか対策とってるのだろうか。日本の国自体が後手後手にまわっているぐらいだから仕方ないけど、間違っても長崎は情報を隠蔽したりすることがあってはならないし、場合によってはランタンフェスティバル即中止の決断さえ視野に入れておくべきだと思う。政治家たちよ、きちんと背中に重荷を背負え、それが長崎ローカルシーンであろうとも。

ひさびさ書いたブログがこれかいって感じだけども、これが杞憂で終わってほしいと心の底から願っている。じゃあまたね
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2020年01月09日

あけましておめでとう、、無自覚のモンスターたちよ


みなさまちょっと遅くなりましたがあけましておめでとう。ここパニックパラダイスでは今年は日本語の音楽も積極的にかけていきたいし、通好みなものも臆することなくかけていきたいと考えています。というわけで動画はロンデイヴィスの「イットエイントイージー」ではじめてみましょう。この奇妙な声で歌われるナンバーはあのデヴィッドボウイがカヴァーしたことでも有名で、イントロのギターの弾けるようなピッキングが名曲を予感させますよね。
こうやってですます調で文を書くとなんか専門家っぽい!これでしばらく通そうかなあ、、、などと考えてみるがやっぱり似合わないのでもとに戻すね。

さてオレたちは元日に高校のときの同窓会を毎年開くわけだが、会うなり「なんやその腹」とか言いつつお腹をつまんでくる奴がいたりする。その前に「よお元気?」とか「久しぶりやね」とかもっといろいろ言うことあるだろ。なんでそこまでデリカシーが欠如してるんだ。そいつらもけっして悪い人間じゃないし悪意もないのだろうがそれゆえにたちが悪い。オレはそいつらのことを無自覚のモンスターと呼んでいる。

そいつらは外見的なことをあーだこーだとつっこんでくる。大きなお世話だよ、ほんと。お前らがどうこう言えたガラかよ。どっかの芸術展じゃあるまいし表現の自由ってか?ふざけんなよな。そいつらは何気に言った一言が人の気分を害したり、傷つけたりする可能性を考慮することもないのだろう。そういう奴って昔から一定数いるし今後も消えることはないだろう。だからオレは絶対に心を許さないけどね。

いきなりオレの不平不満ではじまってしまって申し訳ないけれど、それはもちろんオレの本意ではない。年末は何十年ぶりぐらいに紅白とかもちょろちょろ観たからその感想やら、揺れ動く世界の情勢とかさ、まあいろいろ書きたかったんだが、どうしてもそのモンスターたちに一言モノ申したくてね。言葉は誰かを幸せにするために使っていこうや。自戒もこめてそう思う。うんなんか書いたら少しすっきりした。あとはもう最高に笑っておだやかに過ごしたい。スターウォーズじゃないけれど、音楽とともにあらんことを。

今年もよろしくおねがいします。
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2019年12月19日

令和元年 間もなく終了


また一年が終わろうとしている。多分これが今年最後のブログになるだろう。締めくくりの一曲は何がいいだろうか。いろいろ考えてはみたが素直に好きな曲でエンディングとしゃれこもう。これはグレイトフルデッドのボブウィアが2016年に発表した名曲で、しみじみとした情感がいつまでも胸に染み込んでくる。何度も何度も繰り返し聴いた。この曲はオレにとっての癒しだ。みなさんもそんな音楽に出会えただろうか。とまあそんなこんなで今年もみなさんお世話になりました。また来年もよろしくお願いします。ちょっと早いけどね。

ここ最近のオレはというと相変わらずといえば相変わらずの日々を送っている。今日は16年ぶりに発表されたグールーがいないギャングスターの新作CDとポストマロニーというアーティストのサードアルバムを買った。聴くのはこれからだけどすごく楽しみ。それから映画の「わたしはダニエルブレイク」を観てそのあまりの簡素な作りに衝撃を受けた。何日か前観た「女神の見えざる手」も面白かった。〇マゾンプライムに入ったばかりなのでしばらくそっちのほうにハマるかもしれない。オレの辞書に暇という文字はない。

もちろんアニメも観れば特撮ものも観る。ちょっとインドアすぎるきらいもあるけど、オレはそれが楽しい。こうやって過ぎていく人生に虚しさを感じないといえば嘘になるけど、それほど悪いものでもない。店のほうは大体ダウナーな感じだけども不景気だし仕方ないよね。つぶれないだけマシってもんだろう。また一年よくがんばったと思う我ながら。

結局ブログもあんまり更新できなかったな。コメントくれた人、そしてもちろん時々読んでくれた人もどうもありがとう。また気が向いたらパニックに遊びに来てね。じゃあまた。シーユー


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2019年11月07日

素晴らしき邦題の世界・6


ラグビーロス、今のオレは抜け殻である。ラグビーワールドカップが終わることにここまで寂寥感を覚えるなんて、、そんな心にぽっかり空いた穴を埋めようと久しぶりに映画館まで足を運んできたよ。
世界で自分しかビートルズを知らないことになっているという話題の映画「イエスタディ」を観てきた。漫画でも似たようなのがあったね、「僕はビートルズ」だったかな。ビートルズ好きの誰もが一度は夢想するだろうテーマだけど、いざ現実に作品化しようと思うとこれはかなり大変なことだろうね。生半可な愛情や勇気ではこんな作品は作れない。はっきりいって面白かったけど、うがった見方をすればビートルズを利用した単なるラブコメであるとも言えるわけで理屈っぽい人には受けなさそうな気もするな。まあしかし人気者エドシーランも本人役で登場するので彼の若いファンにもぜひ観てもらいたい。

で邦題の話しになるんだけどここはやはり流れでビートルズについてふれておきたい。初期は名邦題ともいえる「抱きしめたい」がやはり出色である。それから「恋におちたら」「今日の誓い」さらにさらに「涙の乗車券」「恋を抱きしめよう」「ひとりぼっちのあいつ」などなど多くはないが印象的な邦題が頭に浮かんでくる。しかし66年のアルバム「リボルバー」から一切邦題がなくなってしまうのである。原題はどんどん複雑になっていったりしてるにもかかわらずだ。例外的に「ジョンとヨーコのバラード」と「愛こそはすべて」があるがこれはどちらも当時シングル盤で発売されたものだ。
ではなぜビートルズのアルバムから邦題が消えていってしまったのだろう。理由はマニアには有名だったり常識的なことなのかもしれないけど、オレは読んだり聞いたりしたことがないのであくまでも自力で推測してみよう。

ビートルズはかなり早い段階で自分たちでアルバムの曲順を決めたりコンセプト的なものをはっきりと意識していた。しかし当時の慣例としてそれが反映されたのは本国イギリスのみであり、アメリカや日本をはじめいろんな国で曲は都合よくばらばらにされ適当にアルバムが作られていた。適当というのは言い過ぎかも知れないが例えばアメリカ、キャピトルが出したアルバムのつぎはぎ感は半端なかった。そしてタイトルも世界中でその国の言葉で(それこそ日本のように)勝手につけられたりしていたのだろうと思われる。
それをビートルズは忸怩(じくじ)たる思いで眺めていたのだろう。人気と実力をつけることによって彼らはより理想に近づこうとした。
その結果が66年以降のライブ活動停止であり67年全世界同内容の傑作アルバム「サージェントペパーズ、、」の発売へとつながっていくわけで、そんなさなかのどっかの時点でタイトルは基本原題で表記するように契約させたんじゃないのだろうかとオレは考えている。それであってるかビートルズに詳しい人教えてください。

ん〜、なんかえらい長いブログになってしまった。すみません。次は映画「ジョーカー」を観に行きたいなあ、それじゃあまた。
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2019年10月16日

ENJOY THE RUGBY

ルールが難しい。確かに。だが筋肉ムキムキの屈強なる野郎どもが(女性もやっていますが)ひとつのわけわかんない楕円球のボールを取り合って、走ったりキックしたり後ろにパスしたりしてなんとか相手陣地のゴールラインの向こうにボールをダウンする、そんなスポーツが面白くないわけないじゃない。しばらく見てたら「あっ、外にひとり余ってる」とか「そこスペース空いてる〜」とかだんだんわかってきて心の底からラグビーを楽しめるようになるかもしれない。いやそうなってほしいとオレは願っている。

オレも今回熊本と大分にそれぞれフランス対トンガ、ウェールズ対フィジーを観に行った。最高だった。きつかったけど本当にいい思い出ができた。日本戦でもないのにでかい会場がほぼ満杯でどのチームにも声援が大きく飛んでいた。

先日の日本対スコットランド、試合前の会場を映すと大のおっさんが何人も泣いていた。理由がオレにはわかった。オレもテレビの前で泣いていたからだ。台風の影響で試合が危ぶまれていたけど無事に開催されたこと。これで世界に日本チームの本当の強さを見せつけることができること。おそらく歴史が変わる瞬間を目撃するだろうこと。万感の思いがそのとき一気に噴き出してきてしまった。涙にかたちを変えて。
うわっ、ダサと思う奴もいるだろう。だが観客も選手も愚直であることがラグビーの美徳なんだ。トライをとった人だけが偉いんじゃない、体をはってボールを味方に出して、何度も何度も食らいついて、地面に顔を押し付けられながらまた顔を上げ立ち上がって走りだす。愚直であるがゆえに胸を打つし尊いのだとも思う。涙のひとつぐらい許してくれや。オレもラガーマンのはしくれなんだよ。

さて20日には日本対南アフリカ戦があるわけだがオレの店ではその日ライブが入っていてリアルタイムで観ることがかなわなくなった。仕事だもんしょうがないよね。リアルタイムで応援できる幸運な人は力いっぱい応援しておくれ。オレと同じように仕事が入っている人がんばろう。ブレイブブロッサムズの活躍を信じて。ではまたね。
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2019年09月25日

素晴らしき邦題の世界・5


秋なのかな。秋なんだろうな。日差しは強いけど。。ブログたまにしか更新できないので、インスタとかで追悼を地味にやってたりするんだけど、ここ数か月でドクタージョンやらアートネヴィルやら動画にあげたエディマネーやらさらにはリックオケイセックなどアメリカンミュージックを作りあげてきた人たちがどんどん死んでしまった。死は絶対的な悲しみだとは信じちゃいないけど、この胸に吹きすさぶ秋風のような寂しさよな。合掌。

ラグビーのワールドカップが始まった。初戦日本はロシアとぶちあたった。ホイッスルが鳴った瞬間オレは思わず体を震わせてしまった。ついにこの時がやってきたという感じ。選手はもちろんオレどころじゃなくて、みんなカッチカチ。ワールドカップの雰囲気がそうさせてしまうのだろう。特に日本はホスト国として落とすわけにいかない試合だからとんでもないプレッシャーだったと思うけど、とりあえず勝利で飾ることができた。次は超強豪アイルランドだけど、勝ち負けよりともかく熱いぶつかり合いをオレは期待する。まじで楽しみ。

さてエルトンジョンだ。彼の「ロケットマン」という自伝的映画の評判をまったく耳にしない。クイーンのときとは大違いだ。海外でもこんな感じなんだろうか。人間やっぱ死なないとまともに評価されないのかねえ。まあオレはエルトン大好きだから勝手に書いていくことにしよう。
エルトンの音楽はまじ素晴らしいのだが、彼の表面的なところをストレートに表現するとチビでハゲで短足でさらにゲイでもある。彼の曲についた邦題もそんな彼のキャラ(おもに見た目の)に引っ張られているような気がする。
「僕を救ったプリマドンナ」「今夜は怖いぜ!」「人生とは腐った桃のよう」「土曜の夜は僕の生きがい」とか、なんか大体こんな感じだ。これが例えばトムウェイツだったら「土曜の夜は喧噪に溢れ」とかスプリングスティーンだったら「土曜日の街角に吠える」とかそんな感じになるだろうけどエルトンだとどうしてもこうなっちゃうんだろうね。日本語の多彩な表現力が拍車をかけてるとでもいうか、、、逆にいうと付いた邦題からそれがどんなミュージシャンなのか類推することも可能なのかもしれない。やっぱり邦題って素晴らしい。それではまたね。
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2019年08月19日

素晴らしき邦題の世界・4


前回のブログの最後あたりでエルトン・ジョンのことを少し書いた。それともうすぐエルトンの伝記映画「ロケットマン」も公開されるみたいなので今回はエルトンづくしで行こうかと思う。

その前に余談になるがテレビで今マンホールが流行っているとやっていたんだけどほんとなんだろうか。聞いたことないけどな。たしかに綺麗な図柄だったらおっと思うだろうがほとんどは普通のマンホールだしねえ。、最近のテレビも話題作りが大変なんだなあとか思っちゃう。人の趣味をおとしめる気はまったくないがなんかシャバい。壮大さやロマンがたりない。じゃあそんなお前は何が好きなんだと問われれば、オレは今まで誰にも言ったことなかったがあえてここで発表しよう。。。それは石垣であると。
オレは最近自分が石垣フェチであることを発見した。綺麗にぴっちりはめ込まれた石垣も美しいが、無造作に積まれた石垣も沢山の人間がおっちらおっちらひとつづつ積み重ねていったんだと思うと感無量でしかない。うっとりしてしまう。通勤途中のバスの中からでも気になる石垣がけっこうある。今度歩きながらじっくり見てみようと思っている。そして許されるならいろんな石垣を見て旅をしたい。石垣的なものの最高峰、エジプトやマヤのピラミッドもいつの日かこの目で見てみたいものだ。

あ、余談が長くなってしまった。エルトンは次回に回します。そういえばエルトンの歌にも石垣じゃないけどグッバイ・イエロー・ブリック・ロード(黄昏のレンガ路)っていう歌があったな。そうねえ、石畳もいいもんだよねえ、、ってどんだけ石が好きやねん、、、ではまた。
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2019年07月18日

素晴らしき邦題の世界・3

今日、期日前投票に行って帰ってきたら京アニこと京都アニメーションで火災が起こったとのニュースが飛び込んできた。死者も今のところ10名にのぼるとのことで、たいへん胸が痛い事態になっている。何度も言うがアニメと音楽はもっともわかりやすい世界の共通語である。世界中のアニメーションファンがこの事件に衝撃をうけていることだろう。続報を待ちたい。

それにしても今回の選挙の選びようの無さといったらジャンクの中から少しでも使えるパーツを見つけ出すような感じだった。白紙投票だけはさすがに避けたが、投票所までの足取りは極めて重かった。自民党もここにきてアイヌ新法とか水道民営化とか怪しい法案ぶちこみすぎだろう。オレはそもそも消費税10%とかとんでもないと思っているので、もうどうすればいいのか正直わからないまま一票を投じることになってしまった。なんとも希望がない話しだね。

さあ本題に入ろうか。洋楽における邦題は結果的にざっくり3種類に分かれるといっていいだろう。原題よりも邦題が定着したもの、どちらもそれなりに使われるもの、邦題はあるけどほぼ使われないもの、以上だ。
アニマルズの「朝日のあたる家」やプロコルハルムの「青い影」などは完全に邦題が定着した例である。ツェッペリンも「移民の歌」やら「聖なる館」やら邦題の定着率は高めだな。まあ挙げだしたらキリがない。
 原題も邦題もというと例えばイーグルスもしくはリンダ・ロンシュタットの「デスペラード」(ならず者)やジャニス・ジョップリンの「ムーブ・オーヴァー」(ジャニスの祈り)、あとキャロル・キングの「タペストリー」(つづれ織り)などが思いつく。あくまでもオレの私見ではあるけど。
 最後に寂しいことだがほぼ邦題が使われないパターンのやつ。真っ先に思いつくのがエアロスミスの「ウォーク・ジス・ウェイ」、これには「お説教」という邦題がついていた。この道を行け、もしくはこのやり方でいけ、、お説教、、なるほどねえといった感じなのだが、見事に定着せず。残念!
あとエルトン・ジョンの「カリブ」というアルバムの1曲目「ザ・ビッチ・イズ・バック」の邦題が「あばずれさんのお帰り」というのはひでえなと個人的には思ってるが、そういうのも含めていろいろと楽しい文化だったなと思うのだ。やはり邦題は素晴らしいね。
ではみなさんまた。
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2019年06月20日

近況報告 MOVIN' OUT


令和一発目のブログ更新がこんなに遅くなってしまうとは。この間オレは何をやっていたのかというと実は20数年ぶりに自宅の引っ越しをやっていたという。そして引っ越しといえばビリージョエルのこの歌を思い出しちゃう。ニューヨーク風の言い回しが対訳を読んでもよくわからない歌だけど、名作アルバム「ストレンジャー」の冒頭を飾る曲でもあるし、英語の語感の歯切れよい部分をすごく生かしててオレは昔からこの曲が大好きだ。ただ実際の意味は引っ越しというよりは出て行ってやるぜみたいなニュアンスなのかなとも思ってる。どちらにしても令和とともにオレのニューライフは幕を開けてしまったというわけでこれはもう突き進むしかない。

実は引っ越しすることによって店からさらに遠ざかってしまった。バスで25分ぐらい。海もあれば山もあるなかなかのカントリーサイドではあるが一軒家を格安で貸してもらっていて以前住んでたところよりは気分が安らぐ感じで気に入っている。
部屋に溢れていたCDや本も広いからほとんど余裕で収納できるというおまけつきだ。運び込んでしばらく放置していたがそれもなんとか片付きつつある。オレみたいな物持ち人間にはすごくうれしいことだ。

ざっくりいうと最近はこんな感じで、パニック自体もまあ相変わらずってとこなのかな。まあもうちょっとブログも忘れ去られないぐらいの頻度で更新しないといけないよね、、、いときつし。
次回予告をすると、このまま尻すぼみで終わりそうだった「素晴らしき邦題の世界3」をリーマンショック級の何かが起きない限り書くつもりです。よろしく。
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2019年04月26日

小休止: 平成の果てに


もういくつ寝ると令和という時代がやってくる。今オレは平成という時代の果てにいて少しばかりいろんなことをかみしめている。とりあえずなんとかここまで凌いで生きてきたよな、みんな。すごくたいへんな時代だったけど、なんとかここまでやってきた。そしてまだこれからも続いていくのだろう、多分。昭和の途中から人生を始めたオレは平成という時代を抜けて令和という今はまだおぼろげな霧のような中を歩き始めるわけだ。けれどオレもあなたもひとりじゃないさ。心配はいらない、ハッピーにいこう。

オレが生まれてこの方影響を受け続けている曲ってなんだろうって考えたとき答えはもうこの曲しかなかった。べただけどジョン・レノンの「イマジン」。天国も地獄もなく宗教も国境もない世界を想像してごらん、みんなは僕を夢想家というけどそれは僕ひとりじゃない、いつかみんなでひとつになろう、、というような歌詞なんだけど、普段歌詞とかあまり重要視しないオレにとってもこの曲がもつある種強烈なオプティミズムに溢れた思想にいつも立ち返らざるを得ない。現実を見つめれば見つめるほど、それと相反するように浮世離れしたこの歌の世界がオレの前に何十年も立ちはだかっているわけである。
ネットではビートルズとかいう4人でさえ仲良くできなかったくせに平和を語るなよっていう辛辣な意見も見かけたりするけども、それぐらい人間のエゴを抑えるのは難しいとも言えるわけで、またなかなか人間というものは進化しないものだなあとぼんやり考えるのだ。平成の果てに。

ところでみんなは先人たちをうやまっているだろうか。あえて今風に言おう。Youリスペクトしてるのかい?ってことだYO〜。もちろんオレは日本人として先人たちをすご〜くうやまっているわけだけど、洋楽かぶれの身としては外国人にも敬意を抱かざるを得ない。とくに「愛」という単語をよくぞ「ラヴ」ってしてくれたよな。さかのぼればラテン語が〜とかギリシャ語が〜とかなるのかもしれないが、ともかく2つの音でこれ以上素敵な響きは作れないのではないだろうか、「ラヴ」。
もしこれが例えば「モベ」にしようぜとかなってたら、エルビスのあのバラードは「モベミーテンダー」だしビートルズのデビュー曲も「モベミードゥ」になってしまう。ドリカム(本当はダニーハサウェイって書きたいけどさ。。)のあの曲は「モベ・モベ・モベ」になってしまうしジョンレノンのあのシンプルな名曲もただの「モベ」になってしまう。こういうことだぞ?つまり先人たちが「ラヴ」って単語を生み出してくれたからこそオレは沢山の名曲に出会うことができた。これを感謝せずにおれようかってことなのだ。生きていると何もかもに感謝感謝なわけだけど、多分それはすごくいいことのように思える今日この頃、平成の果てであるのだった。みなさん、いいゴールデンウィークを!
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2019年04月16日

素晴らしき邦題の世界・2


ハローみなさんお元気ですか?今回も興味ない人にはまったくつまんない話題だと思うけど、がんばって読んでみてくださいね。
前回取り上げた曲が「Just when I need you most」で邦題が「アメリカン・モーニング」。今回は英語的には似た響きな「Just what I needed」、これまた失恋ソングではあるんだけど曲調からなんからまったく違っててついた邦題は「燃える欲望」。78年のザ・カーズのデビュー曲(多分そうだと思う)で当時のチャートアクションはまずまず。オレは当時からこの歌が好きだし、後に売れっ子になるザ・カーズの曲の中でも今もこれが一番好きだ。
 とまあそれはいいとして、いまいちど「Just what I needed」というタイトルをふりかえるが、なんというか日本人には全然ピンとこない上に覚えづらいそんな感じがしないだろうか。それにくらべて「燃える欲望」、、なんとスムーズに心に入ってくることか。そういう意味でこれは素晴らしい邦題と言わざるをえない。パンクムーブメントが過ぎ去ってニューウェイヴの時代にアメリカから登場してきたザ・カーズ。小気味いいビートとひねくれたポップ感覚。ほとんど同じ時期にデビューしたディーヴォをもっとわかりやすくしたような音楽性とも言える。今の若い子たちにも受けそうなんだけどなあ、どうなんだろう。

そのザ・カーズの中心人物だったリック・オケイセックとベンジャミン・オール。ベンジャミンのほうはずいぶん前に亡くなってしまったがリックのほうはプロデューサーとして現代アメリカンロックに多大なる影響を与え続けている。ウィーザーのブルーやグリーンは彼のプロデュースだし、意外なところではバッド・ブレインズの「ロック・フォー・ライト」も手掛けていたりするのだ。これを聞いて俄然興味をもつ人もいたりするかもね。若者よ、お宝は山のようにあるぞ〜!

もうすぐ10連休だかなんだかとんでもないゴールデンウィークがやってくる。お客さんが来るかどうか本当に心配。どこにもいかないって人いたらせめて飲みにきてください。お願いします。ではまた。
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2019年04月07日

素晴らしき邦題の世界・1


平成も終わろうかというこの時期に古い話しで恐縮してしまうのだが、昔は洋楽の世界では日本独自のいわゆる邦題というものが当たり前のようにつけられていた。邦題がはまったおかげで大ヒットしたものもあれば、逆にアーティストに変なイメージがついてしまったものもある。大抵の物事にはいい面もあれば悪い面もあるわけで、邦題の世界ではそれが顕著である。だから悲しく面白い。そしていまも胸をくすぐる何かがある。

オレ、もしくはオレたちは今でもキングクリムゾンのファーストは「宮殿」と呼ぶし、ピンクフロイドのあれは「狂気」だったり「おせっかい」だったり「炎」だったりする。そして同年代ぐらいのロックファンだったらそれでほとんど話しが通じてしまう。「狂気」の話しをするときにわざわざ原題の「ダークサイドオブザムーン」がさあ、なんて話そうものなら「は?なにかっこつけてるわけ?」とかディスられそうですらある。

こうやって邦題はオレたちの感性の奥の深い深いところに浸み込んでしまっているのだ。だけども中にはそれはちょっとあんまりなんじゃないの?と時空を超えてつっこみたくなるものもあるわけで、今回はそんな例のひとつとしてランディ・ヴァンウォーマーの79年のヒット曲「Just when I need you most」をとりあげたい。歌の内容はその原題からも読み取れるように、自分が一番必要としているときに君は去ってしまったという悲しみtoo much な作品なのだが、それにどういう邦題がついたのかというとなんと「アメリカン・モーニング」、、、おい、そりゃあんまりじゃ〜ないか。当時アメリカンコーヒーがブームだったし歌の出だしでモーニングいってるしもうこれでいきましょうと当時のCBSソニーの担当者は考えたに違いない。そして確かにそれがはまって日本でも大ヒットしたわけだが、おかげでランディはああアメリカン・モーニングの人ねって感じの一発屋のイメージがもろについてしまった。長い目でみると果たしてこれでよかったのかと今でも考えざるをえない。この歌のもつ繊細さや情緒みたいなものはとりあえず粉砕されてるといっていいだろう。なんならオレもこの邦題のせいでランディの良さに気づくのに時間がかかってしまった。気づいたときには彼は48歳の若さで白血病で亡くなっていた。悲しい。
ただその反面「アメリカン・モーニング」というキャッチーな邦題がついてなかったらこれほど日本の人々の記憶には残らなかったかもしれない。そうしたいろんなことを想起してしまうところに邦題の世界の素晴らしさがあるとオレは考える。

時は流れて94年。ランディが亡くなる少し前日本ではビクターから「The third child」という新作が出ることになった。邦題はなんと「モーニング・ブリーズ」、、、うはっ、けっきょくそれかよ〜〜

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2019年04月04日

久しぶりに書いてみよう

とりあえず今回は動画は貼らないね。オレの近況はというと今年花粉症になってしまったことはまず記しておきたい。なんとなく頭の中で想像してたのより50倍ぐらいつらいぞ、なんだこれ。体がすっかりどうしようもないほどアレルギー体質になってしまった。タバコやめて4年目だけど、吸ってたときのほうが調子よかったような気もする。が多分気のせいなんだろうね。

元号が令和に決まった。オレは「建和(けんわ・けんな)」になると予想していて周りに言いまくっていた。外れたけど一文字当たった。惜しい。それにしても令和っていいね。時間がたつほどにどんどんよく思えてくる。シンプルで凛とした透明感さえ感じてしまうよ。昔のブログでも書いたけど、良くも悪くもへーせーというのっぺりした響きがそっくりそのまま現代日本の姿を表していたと思う。令和で気分も新たに素晴らしい日本になるようにがんばっていこうじゃないか。

これだけ久しぶりに書くのにたいして書くべきことも書きたいこともないんだよ。ちょっとしたスランプだね。リハビリ的にぼちぼちまた書いていこうと思っているのでよろしくであります。
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2019年01月11日

うかうかしてたらもう11日、あけましておめでとう


あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。休みなく働いていたらあっという間に11日。新年一発目のナンバーは何にしようか悩んだけど、やっぱこれだな。イギーポップがあ〜つまんねえ、あ〜まじつまんねえというだけのナンバー。イギーはじじいになってもイギーで、じじいになってもかっこいい。オレもこんなじじいになれたらいいのに。そして若者をぎろりとにらんで、なあ小僧毎日つまんないよな、とか言ってみたり。さすがにそこまではないにしても無理に若者と話しを合わせたりするのだけはやめとこうと思う今日この頃なわけです。

昔ドラえもんの道具に石ころ帽というのがあって、その帽子はかぶると道端に落ちてる石ころと同じように誰からも認識されなくなるという機能を有していた。オレが思うに年をとると人間は石ころ帽化していく。誰が今日すれちがったおじいさん、おばあさんを覚えてる?そうだろ。そしてオレにも間違いなく石ころ帽化の波は来ている。自分でいうのもなんだけど、昔はすれちがいざまに女性とちらっちらっと視線が交差したものだった。いや半分は勘違いであったとしてもだ。それがいまやどうだろう。誰とも視線を交わすことなくオレはアーケードを突き抜けることができそうなぐらい石ころだ。ひょっとしたら長崎縦断できるほどの石ころかもしれない。いやこのまま石ころ帽化が進むとあと10年ほどで間違いなくそれが達成できるだろう。しかしだ、みんな石ころ帽化を恐れてはいけない。己という欲望、プライド、とりつくろった外見、そういったいろいろな呪縛から解き放たれよう。真の自由を勝ち取ろう。石ころ万歳、石ころ万歳、石ころ万歳。

もう自分で何を書いてるのかわからなくなってきた。ごめん。今年もこんな感じだと思う。よろしく。
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2018年12月28日

今年もお世話になりました、つか早すぎるよね、、、


今年をあらためて振り返ってみる。もういろいろ忘れすぎだし月日の流れは無情で非情な早さでもって過ぎていってしまいオレを困惑させる。オレ個人の成長、変化はほぼゼロだ。年とっていった分マイナス成長といってもいいかもしれない。情けないことだ。キルケゴールじゃないけれど「死に至る病」を誰もがかかえフェイクとリアルのはざまでもがきながら消耗させられつづけている。いやその書き方は受け身にすぎるだろうか。個人の気の持ちようは本当に大事だからね。来年はもっとシンプルに気持ちがいい生き方を積極的に心掛けたい。

音楽界のことにふれるとまずリックホールが死んだ。アラバマ州のマッスルショールズという片田舎にフェイムスタジオを作り最高のソウルミュージックを送り続けた偉大な男だ。例えば映像でつけている曲はリックホールのプロデュースである。愛した女がほかの男といるのを見るぐらいなら目が見えなくなってしまいたいという現代なら差別だなんだかんだといちゃもんつけられそうな曲である。それを当時エッタジェイムスのほかにも実際に盲目のクラレンスカーターなども歌ってたのが興味深い。まあこのへんの話しはまたの機会にしようか。
ほか最高のブルースマンのひとりオーティスラッシュ、孤高のジャズピアニストセシルテイラー、スワンプロックといえばこの人トニージョーホワイト、もちろんアレサ、ドロレス、フランスギャルなどの女性シンガー、つい最近バズコックスのピートシェリーも死んでしまったらしい。みんな最高の音楽を今までどうもどうもどうもありがとう。

書き出したらいろいろ書きたいことが溜まっていたんだなと気づいてしまった。個人的にはツイッターもインスタもいまいちなんだよな、、かといってブログをマメに更新するのもつらすぎる。とにもかくにもオレもみなさんもこの一年お疲れ様。今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いします。あ、最後に今年出会ったアニメの中で最高の一品はヒナまつり、これには何度も何度も笑わされた。じゃあみなさんよいお年を〜
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2018年11月20日

今話題のあのバンドのこと


クイーンの代表曲にしてただいま上映中の映画のタイトルにもなっている「ボヘミアンラプソディー」が収録されているアルバム『オペラ座の夜』が発売されたのが1975年の11月21日ということで、明日でなんと43年が過ぎたことになる。
そこから遡ること8ヵ月、1975年3月に発売されたのが10CCというバンドの名盤『オリジナルサウンドトラック』でその冒頭のナンバーが、動画を貼り付けている「パリの一夜」という8分を超す大作ナンバーだ。昔から「ボヘミアン〜」はこのナンバーを参考にしたのではないかと言われていた。確かにそれは間違いないところではあるだろうし、クイーンのメンバーがあたためたアイデアの背中を押してもくれただろう。この2曲だけを取り上げてみるとすごく風変りで異色の作品という感じがする。

しかし英国のロックをいろいろ聴いていくとすでに60年代終わりぐらいにはザ・フーやキンクスがロックオペラに取り組み始めていたし、70年代前半のグラムロックやハードロックの時代にさえそういったロックとクラシックの融合はさんざん試みられていたことがわかってくる。つまりその2曲が時代の中でぽっかり浮いてしまうほどには特異なものではなく、むしろ英国人が長年培ってきたセンスそのものが端的に表現されているといった感じなんだよな、どちらかというと。だがそれにしても「ボヘミアンラプソディー」の破壊力よ。21世紀の今現在聴いてもあきらかに名曲だもんな、、

オレはいろんな人からその映画見ないの?と聞かれるわけだけど、狭量な音楽原理主義者であるオレは「じゃあさ、ビートルズのそっくりさんが演じているレットイットビーをお前は見たいわけ?」とかいう屁理屈を唱えながら日々やり過ごしているわけである。みんなが面白かったといえばいうほど、どんどん見る気を無くしていくオレ。ブームが過ぎて誰も語らなくなったころひっそり見ようかなと思っている。

今回は笑いなしで久々ブログ更新してみたけどみなさんごきげんよう。ちなみにオレが一番好きなクイーンのアルバムは『ジャズ』ね。


posted by オーナーセイジ at 16:23| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記

2018年09月20日

Shall we dance?的な


どこまで書いていいものか悩むところだが、オレはその夜のことを思い出すと恥ずかしくなってひとりで引きこもりたくなってしまうのだ。これからそのことをぼかしを入れつつ書いてみよう。
ある平日の暇な夜、よく見知った二人の若い女性が店に飲みに来た。最初は笑って飲んで楽しかったのだけど、途中から雲行きが変わってきた。突然片方の女性が泣きはじめた。母親との関係がうまくいってないとかそのような悩みを抱えているらしかった。ほかのお客さんがいなかったこともあって、オレも泣きたいだけ泣けばいいさというような心持ちであった。嗚咽の波が何度も彼女を襲う。そしてようやく落ち着いたころ友達の女性は帰っていってしまった。
オレとその子と二人きりになってしまった。もう一回ぐらい涙の波が来るかもしれんな、オレはそう思っていた。できればカラリとした話題などして元気になってほしかったがそういうときの感情の動きは複雑でなんとも予想がつかない。
少しずつオレの中にアルコールが回っていた。店内のBGMはスローなソウル系の曲だった。そこでオレは自分でも信じられないような一言を口にしてしまうのだった。
「踊らないか?」、、、、は?何を言ってしまったんだ、オレは。お・ど・ら・な・い・か?一生のうちこの言葉を口にする男が一体何人いるというのか、、、自分で自分が信じられない。
彼女は答えた。「え?無理です」、笑うしかない、笑うしかないんだよ。いや笑ってくれオレを。あざけり笑ってくれオレを。もう生きてる価値などないんだよ、オレなんか死んだほうがましなんだ。踊らないか?この一言が何度も何度もオレの心の中を駆け巡る。近藤正臣かっつ〜の!かっつ〜の!かっつ〜の!もう書きながら思い出して気が狂いそうだ。誰かオレを慰めてくれ、いやまじで。
posted by オーナーセイジ at 12:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記